カトの占いあれこれ

占い練習中なのであれこれとメモっていきます

第9回:タロットリーディング「ペンタクルの6」

第9回です。今回はペンタクルの6、またペンタクルですね。9回やってカップがまだ出てません。愛情不足にも程がないですか……?出た数ではペンタクルと大アルカナが3枚で同率、次にソード2枚、ワンド1枚です。読者様もペンタクルで胸やけしていないかちょっと不安でございます。

 

さて、今回のカード、これまた個人的に思い入れの強いカードとなります。

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ペンタクル6

ペンタクルの6は、天秤を持ったお金持ちが貧乏人にお金をあげている絵です。意味としては「与えるか、与えられるか」。

 

左のシャーマン版は、豪華な門の前の場面です。奥の丘には町が見えます。金持ちの邸宅まで恵みをもらいにきたのでしょうか?金持ちは左手(思慮)に持った天秤を少し下げ、その上から右手(行動)で施しを与えています。このシーンに至る前、金持ちは天秤で何らかを計り、お金をあげることにしたのでしょう。それは利なのか、利を越えた何かなのかは、推察できませんが。

 

一方右のライダー版は、街はずれにいる金持ちが、黄色の服を着た人にお金を渡しています。その反対にいる青色の服の人は、何ももらえていないようにも見えます。青服の彼は、金持ちのお眼鏡に適わなかったのでしょうか?呆然と金持ちを見上げているように見えます。「選択」があるからには、廃棄される選択肢も存在する、ということを示しているように思えます。勝者がいれば必ず敗者がいる、というような。こちらはソードの5が当たりますかね。

 

カードには与える側と与えられる側、2つの意味が込められています。このカードが出たときはどちらかに当てはまるのでしょう。あるいは、そのバランスが崩れている(一方的に与える側/尽くしている側、受け取るだけ/依存している側)のだと考えます。

絵の通り思慮と行動が伴い、受け取る喜び/与える喜びも感じられるカードですが、バランスが崩れると甘え、依存、貢ぎ、過保護、と停滞一直線です。人と人の関係は様々な役割や上下関係あれど、対等でありたいものです。

 

以前の記事でも触れた、占い師・ケイロカミオカ氏の配信で相談したところ、最後にこのカードが出ました。氏曰く、「お前は与える者になりたいのか?それとも与えられたいのか?」もう消費者側でいることに限界だった私はこう答えました「与える側がいいです」と。氏は破顔し「素晴らしい!」と言いました。

そういうわけで、私は最近いろいろと勉強したり、形に残したり投稿したりしているわけです。いつまでも口をあけて餌を待つ小鳥ではいたくなかったのです。